NPO法人 静岡山の文化交流センター

Shizuoka Mountain Cultural eXchange Center

井川の衰退は黙視できない


2017年7月10日

静岡県は海洋文化都市でもあり、山岳文化都市でもある。
海と山の両方に文化圏を持つ、日本でも特異な地域である。

NPO法人静岡山の文化交流センターは今回、初めて南アルプス麓の集落、井川の地域創生に取り組むことにする。
ご承知の通り、皆さんが畑薙ダムから南アルプスへ入山する時に、通過する最奥の集落が井川です。集落は本村、田代、小河内の3部落から成っている。

過疎化
すでに人口は400人を下回っているとみられている。
小中学生合わせて11人が現状を物語っている。
限界集落を通り越して、消滅集落化に向かっているような現状にある。
井川の自然消滅などあり得ないと思われるが、これ以上の衰退は黙視できない。このような状況を招いた最たる原因は、井川への交通インフラ整備の遅れにあるのではないかと思われる。

井川トンネル
冬季の標高1200mの富士見峠越えが難所である。雪も降れば氷結もある。井川隧道(予算75億円)ができないものか。井川住民の長年の悲願を実現させたいものだ。完成すれば、静岡市街から井川まで45分程度になるだろう。

定住人口1000人の夢
大井川源流域が視野に入る時間帯になる。釣り人、トレッカー、登山者などの交流人口は増え、井川へのU,Iターン移住者の可能性が高まり、関係人口は飛躍的に増大するだろう。そして、夏場の避暑を兼ねた定住人口1000人も夢ではないかもしれない。
洒落たレストランや喫茶店ができ、小型スーパーなども姿を見せるかもしれない。

予算不足
とはいえ、当面静岡市の予算だけでは如何ともし難く、これが最大の課題である。しかし、考え直してみると、富士見峠が市内にあるからとて、全て市の予算で賄わねばならないという道理はない。

峠の奥には井川集落を含めて5万ha強(山手線内面積約10個分)の森林地帯(半分は社有林)、及び標高3000m級南アルプス8座を有しており、その国土保全・森林保全・水源保全・登山保養レクリエーション面等から見ても隧道建設は社会資本充実の一環とみなしうる。したがって、国・静岡県・静岡市が予算配分担をして地域社会開発を行うことは社会的使命でもあり、地方創生の考え方にも合致している。

保守的な山里、井川の創生は時間がかかるだろう。

私の歳が逃げる
井川は逃げないが、私の歳が逃げて行く。二代、三代と継続してゆかねば、井川のあるべき姿の達成はおぼつかない。より若い人の参画を切に望む所以である。
私の代で、創生の端緒を開きたいと思っている。いろんな取り組み方ができるが、最終的には井川住民の自主的な判断が問われることになる。それを我々がどこまで支援できるのか。我々の役割もまた重い。
地域創生とか地域おこしに定理はない。全てが芸術作品造りのような唯一度の展開になるだろう。

現在、井川には二人の「地域おこし協力隊員」がいる。東京都出身の柴田健一さん(58)は、以前井川森林組合で働いたことがある。第二回てしゃまんく音楽祭(7月22日)の準備に大わらわである。杉本史生さん(41)は京都出身で、農学系の大学・大学院で環境教育を収め、焼畑を実践中である。

若者の考え方
最近、若い人の中山間地への旅が注目を集めていて、それは「田園回帰」の前触れではないかとみられている。
若い人たちの「田園回帰」には、時代性があるという。
 地域を元気に、明く
 地域をおしゃれに、かっこよく
 地域を面白く、楽しく

このような条件に、なんらかの形で関与できる可能性を感じて、自分の居場所を探り当てれば、若者が田園回帰するというのだ。

私は、すでに時代遅れの男を感じているが、井川にはもっと遅れた人が大勢いる実態がある。それを承知で取り組むには覚悟がいる。
先が見えない時の覚悟である。

低炭素地域社会の実現
しかしながら、手がかりはある。いくら先が見えなくても、住民が目指すべき方向は決まっている。低炭素地域社会の実現であり、持続可能な循環型地域社会の実現であり、自然との共生地域社会の実現である。

山岳リゾート計画
井川がオーストリアのチロルに似ていることから、日本山岳会静岡支部の永野敏夫さんは井川を山岳リゾート地に開発してはどうかと提唱しているが、場所は大日山系である。井川集落対策の次のビジョン構想には入れていいのではないか。

井川登山・観光基地構想
また、大島康弘さん(日本山岳会前静岡支部長)は、「井川登山・観光基地構想」を表明している。例えば西山平(本村)に有料の大駐車場を設け、登山・観光の車は全てここに駐車し、上流の駐車場は閉鎖する。大駐車場はバスターミナル機能を担う。
静岡駅からバスターミナルまで定期便を運行する。井川湖駅からバスターミナル間はシャトル便で接続する。将来は軌道をターミナルに乗り入れる。バスターミナル周辺には、観光案内所・郷土資料館・物産店・温泉などの施設を順次開設する。昭和30?40年代の山村風景を文化財として保存を図る、というような構想である。

いずれも、我々の仲間の提言であるが、井川の住民がそれをどのように判断・評価するかという問題は論じられていない。
私は外部の人の提言も大事だが、その地に住んでいる人たちの声を集めるのが先ではないかという気がする。
井川の人たちが描く、将来のあるべき姿と現状とのギャップを浮き彫りにして、その溝を埋める施策を打てば、現状打開の糸口が見いだせるかもしれない。

井川のあるべき姿
ここで問題となるのが、「井川の人たちが描く将来のあるべき姿」である。現在、公にされている「井川のあるべき姿」はない。
住民が自主的に作り上げねばならない課題であるが、住民の発想だけでは限界がある。しかし10人いれば10通りの「あるべき姿」があるかもしれない。それを一つか二つに絞り込むまでの作業の手助けは我々にもできる。
問題の核心は、その先にある。
絞り込んだ「将来のあるべき姿」を誰が、どのような手続きを経て、決断するのか。その手法が明確ではない。もし井川が井川村であれば、村議会の承認を得て村長が決断すれば実行できる。
しかし、静岡市井川地区の場合、行政のトップは市長であるから、
「将来の井川のあるべき姿」が決まったとしても、市長の了承と決断がなければ、実施には結びつかないということになる。
であるならば、井川住民の意見は尊重しながら、静岡市役所主導の地域創生にならざるを得ない。

市長の決断
では、NPO法人静岡山の文化交流センターの役割とは何なのか。
井川住民と行政の中立(なかだち)を司る役割を演じる立場が見える。が、住民側の意見集約を司る立場からは、むしろ井川よりの立場に立つべきだろうと思う。
その上で、地域創生の専門家の意見も取り入れて「井川の将来のあるべき姿」をフィックスできれば、静岡市当局も受け入れやすい条件が揃うのではないかと考える。
いずれにしろ、特別予算もなく、人口減少が常態化する日本の農山村にあって、昔の賑わいの復活を期待するのは、もはや時代錯誤であるから、人口が減るという条件の中で、将来どのような暮らしを目指すのか、という基本認識を新たに井川創生に取り組みたいと考えている。若者がいない井川にも、20代、30代、40代、50代の住民は少なからずいると聞く。
その人たちが頼りだ。